ボスニア・ヘルツェゴビナ
(Bosnia and Herzegovina)

出典:外務省 各国・地域情勢(2010年7月現在)

一般事情

1.面積

5.1万平方キロメートル

2.人口

384.3万人(BH統計局推計、2008年)

3.首都

サラエボ

4.言語

ボスニア語、セルビア語、クロアチア語

5.宗教

イスラム教、セルビア正教、カトリック

6.略史

年月 略史
6世紀 スラヴ人定住開始
14世紀 ハンガリーに抵抗しつつボスニア王国を確立
1463年 オスマン・トルコによるボスニア征服
1878年 オーストリア・ハンガリー帝国支配下の一州となる
1918年 セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国
1945年 ユーゴ構成共和国の一つとして発足
1992年2月 独立を問う住民投票の実施
1992年4月 本格的紛争に突入
1995年12月 デイトン和平合意成立

政治体制・内政

1.政体

複数政党制に基づく共和制

2.元首

3主要民族をそれぞれ代表する3名の大統領評議会メンバーが、8ヶ月毎の交替制で同評議会議長を務める。

3.議会

二院制(代議院42名、民族院15名)

4.政府

(1)首相に当たるのは閣僚評議会議長で、現在は、ニコラ・シュピリッチ氏(セルビア系)(2007年1月就任)。

(2)外相はスヴェン・アルカライ氏(ユダヤ系)(2007年2月就任)。

5.内政

(1)ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴ連邦を構成した共和国の一つで、約430万人の人口の民族構成はムスリム系44%、セルビア系33%、クロアチア系17%だった。旧ユーゴ連邦の崩壊が進む中、1992年4月、同共和国の独立を巡って民族間で紛争が勃発し、3年半以上にわたり各民族が同共和国全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万、難民・避難民200万と言われる戦後欧州で最悪の紛争となった。

(2)1995年12月、デイトン和平合意の成立により戦闘は終息。ボスニア・ヘルツェゴビナは、ムスリム系及びクロアチア系住民が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」及びセルビア系住民が中心の「スルプスカ共和国」という2つの主体から構成される一つの国家とされた。それぞれの主体が独自の大統領、政府を有するなど、高度に分権化されている。

(3)和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR)が、軍事面をNATO中心の多国籍部隊(SFOR)が担当。軍事面での成果は上がっており、治安も概ね安定している。2004年6月のNATO首脳会合においては、NATO各国首脳はボスニア・ヘルツェゴビナの改善された治安を考慮し、SFORを2004年末で終了させることにつき合意に至り、2004年12月からはEU部隊であるEUFOR(EU Force in Bosnia and Herzegovina)がボスニアの治安を維持する目的でアルテア作戦(Operation Althea))を遂行中である。兵員は現在約2,000名。

(4)民族対立は完全に解消されたわけではないが、「欧州大西洋機構への統合」、即ちEU及びNATO加盟は、民族を超えた共通の目的であり、ボスニア政府はこの目標に向かって国際社会の支援を得ながら諸改革に取り組んでいる。

(5)2006年10月1日の国政・地方選挙の結果、2007年1月にニコラ・シュピリッチ氏(セルビア系、独立社会民主同盟)が閣僚評議会議長に就任。同年2月にはスヴェン・アルカライ氏(ユダヤ系、BH のための党)が外相に就任した。

(6)2008年6月のEUとの安定化・連合協定(SAA)が署名され、同年10月には地方選挙が大きな混乱なく実施されるなど、同国の和平履行には一定の前進も見られるが、スルプスカ共和国において政府や議会の民族主義的な言動や反ディトン合意的な姿勢が目立ち、情勢は安定していない。

外交・国防

1.外交方針

(1)欧州の一員としての道を歩もうとしており、2001年、欧州評議会への加盟が実現した。また、ボスニア・ヘルツェゴビナはEU加盟を国家の最優先課題の一つとしており、2008年6月にEUとの間でEU加盟のための前段階のステップである安定化・連合協定(SAA)が署名されたものの、SAAの履行は順調とはいえない。

(2)重要な外交課題の一つであったNATOの「平和のためのパートナーシップ」加盟については、2006年11月に加盟を果たした。また、2010年4月には加盟のための行動計画(MAP)参加が条件付きで承認された。

2.軍事力

 デイトン包括和平合意に基づき軍備管理協定による軍事上の安定を図る努力がなされた結果、常任軍事委員会が設置され同委員会は兵力の15%削減を決定、1999年末に実施された。(削減前の兵力は、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側が約2万7千、スルプスカ共和国が約2万。)国防改革の一環として、2006年1月から軍事に関する権限・機関は全て国レベルに統一されることなり、これにより、各エンティティ国防省は廃止され、各エンティティ軍は中央レベルのボスニア・ヘルツェゴビナ軍に入隊することとなった(但し連隊以下のレベルでは民族別構成が維持される)。

経済

1.主要産業

木材業、鉱業、繊維業、電力

2.GDP

169.6億ドル(2009年:IMF推計)

3.一人当たりGDP

4,235ドル(2009年:IMF推計)

4.経済成長率

−2.99%(2009年:IMF推計)

5.物価上昇率

0.9%(2009年:IMF推計)

6.失業率

24.8%(2009年:ボスニア・ヘルツェゴビナ統計局)

7.貿易額(2009年:ボスニア・ヘルツェゴビナ統計局)

(1)輸出 2,828百万ユーロ

(2)輸入 6,314百万ユーロ

8.通貨

 兌換マルク(KM)
 1ユーロ=1.95KM(国定レート)

経済協力

1.日本の二国間経済援助実績(2008年度までの累計実績)

 有償資金協力 35.62百万ドル
 無償資金協力 247.02百万ドル
 技術協力 44.62百万ドル

二国間関係

1.政治関係

 日本は、1996年1月23日にボスニアを国家承認し、同年2月9日に外交関係を開設した。同年6月より在オーストリア大がボスニアを兼轄し、1998年2月、サラエボに兼勤駐在官事務所を開設したが、2008年1月に大使館に格上げした。また、2008年5月、初代常駐大使として罍二夫を任命した。

 ボスニアは、1999年1月に在京大使館を開設し、同年2月より駐日大使を派遣している。

2.経済関係

(1)対ボスニア・ヘルツェゴビナ貿易(2009年:JETRO統計)
  輸出 93万ドル 機械類等
  輸入 414万ドル 繊維製品等

(2)投資
  直接投資は双方向とも低調。

3.在留邦人数

26人(2009年10月)

4.要人往来

(1)往(1994年以降)

年月 要人名
1994年1月 柳井外務省総合外交政策局長をヘッドとする旧ユーゴー調査チーム
1996年2月 服部外務省経協局審議官をヘッドとする経協調査団
1996年7月 池田外務大臣
1998年4月 小渕外務大臣
2001年4月 加藤外務審議官
2003年8月 池田衆議院外務委員会一行(衆議院中・東欧等各国政治経済事情調査議員団)
2004年1月 松宮外務大臣政務官
2004年7月 有馬政府代表
2006年11月 松島外務大臣政務官

(2)来(1996年以降)

年月 要人名
1996年9月 デルヴィシュベゴヴィッチ外務省付大使
1998年6月 シライジッチ閣僚評議会共同議長
1998年6月 ドディック・スルプスカ共和国首相
1999年9月 ドディック・スルプスカ共和国首相、ロンチャル副首相等
2000年5月 ジヴァリ外務副大臣、イバニッチ民主進歩党党首(南東欧ハイレベル会議に出席)
2004年4月 イバニッチ外務大臣、ドコ対外貿易経済関係大臣
2004年8月 シャベタ外務次官
2005年3月 テルジッチ閣僚評議会議長、マリッチ財務大臣他
2009年10月 アルカライ外務大臣(外務省賓客)

5.二国間条約・取極

通商航海条約、文化協力協定、科学技術協力協定

6.外交使節

罍二夫(もたいふたお)駐ボスニア・ヘルツェゴビナ特命全権大使

ペロ・マティッチ駐日特命全権大使