ウズベキスタン共和国
Republic of Uzbekistan

出典:外務省 各国・地域情勢(2011年6月現在)

一般事情

1.面積

44万7,400平方キロメートル(日本の約1.2倍)

2.人口

2,780万人(2010年:国連人口基金)

3.首都

タシケント(Tashkent)

4.民族

ウズベク系(78.4%)、ロシア系(4.6%)、タジク系(4.8%)、タタール系(1.2%)

(対外経済関係投資貿易省)

5.言語

公用語はウズベク語(テュルク諸語に属する。但し、タシケント、サマルカンド、ブハラ等主として都市の諸方言はペルシア語の影響を強く受けている)またロシア語も広く使用されている

6.宗教

主としてイスラム教スンニ派

7.略史

年月 略史
紀元前4世紀 アレクサンドロス大王により制圧
紀元前250年頃 グレコ・バクトリア王国成立
1〜3世紀 クシャーン朝による支配
6世紀中頃〜 テュルク系遊牧民(突厥)の侵入、次第に住民のテュルク化が始まる
7世紀 ソグド人の活動が最盛期に
8世紀以降 アラブ勢力の侵入、イスラーム教の受容
9世紀後半〜10世紀 サーマーン朝成立(文芸・学問の発展)
13世紀 モンゴル帝国の支配
14世紀後半〜15世紀 ティムール帝国(首都サマルカンド)成立
15世紀末〜16世紀 遊牧ウズベク集団の侵入、シャイバーン朝の成立
18〜19世紀 ブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国、コーカンド・ハン国の支配
1860年〜1970年代 ロシア帝国による中央アジア征服
1867年 ロシア帝国、タシケントにトルキスタン総督府を設置し、植民地統治を開始
1918年 ロシア連邦共和国の一部としてトルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国成立
1920年 ブハラ人民ソヴィエト共和国、ホラズム人民ソヴィエト共和国成立
1924年 中央アジアの民族・共和国境界画定によりウズベク・ソヴィエト社会主義共和国成立
1989年6月 フェルガナ事件(ウズベク人とメスフ人の民族間衝突)
1990年3月 カリモフ大統領就任
1990年6月20日 共和国主権宣言
1991年8月31日 共和国独立宣言、「ウズベキスタン共和国」に国名変更
1992年12月 カリモフ大統領再選
1995年3月 国民投票によってカリモフ大統領の任期延長
2000年1月 カリモフ大統領再選
2005年5月 アンディジャン事件
2007年12月 カリモフ大統領再選

政治体制・内政

1.政体

共和制

2.元首

イスラム・カリモフ大統領(2007年12月再選、任期7年)

3.議会

二院制(任期5年、上院:「セナート」(定数100)、下院:「立法院」(定数150)、前回選挙は2009年12月)

4.政府

(1)首相 シャフカット・ミルジヨーエフ

(2)外相 エリヨル・ガニエフ(副首相兼任)

5.内政

(1)1991年12月、ソ連の解体とともに独立。初代大統領に選出されたカリモフ大統領は、1995年12月の国民投票により任期(5年、1人2期)を2000年までに延期。2000年1月に再選を果たし、その後、2002年1月の国民投票による憲法改正で任期を7年間に延長(任期は2007年1月まで)。2007年12月大統領選挙で、カリモフ大統領は再選された。
議会では「人民民主党」と改称した旧共産党が大勢を占め、大統領を支持していたが、2004年12月に実施された二院制に移行しての議会選挙を後は、新大統領の新党「自由民主党」が第一党となった。イスラム急進派の活動を禁止しており、キルギス、タジキスタンとの国境付近におけるイスラム武装勢力の動きを警戒している。

(2)1989年のフェルガナ事件(ウズベク人とトルコ系メフス人との衝突)、1990年のオシュ事件(ウズベク人とキルギス人との衝突)等の民族間対立の他、1999年2月、2004年4月、7月にはタシケント市等で爆発事件が発生。

(3)2005年5月、フェルガナ盆地アンディジャン市にて武装勢力による刑務所等の襲撃や住民による反政府デモが起き、治安部隊が鎮圧の際に一般市民に発砲、数百名の死者が生じたとされる。

外交・国防

1.外交基本方針

 独立後はロシア依存を軽減するとともに、全方位的外交を展開。2001年9月の米国における同時多発テロ事件後は、国内空軍基地に米軍駐留を認めるなど米国との関係を強めてきたが、2005年5月のアンディジャン騒擾事件を受け、事件への対応に批判的な欧米各国との関係が決定的に悪化し、ウズベキスタン政府の立場を支持する露・中との関係強化が進んだ。2005年11月、米軍の撤退が完了する一方、ロシアと同盟関係条約を締結。また、2006年1月、ユーラシア経済共同体(EAEC)に加盟、6月にはCIS集団安全保障条約機構(CSTO)への復帰を決定した。2006年9月には、ロシアと反テロ共同軍事演習を行った。最近では、EUや米から政府高官のウズベキスタン訪問が行われるなど欧米との関係改善の兆しが見られる一方で、2008年10月にはユーラシア経済共同体(EAEC)に対する自国の加盟資格を停止している。

2.軍事力

総兵力67,000人(陸軍50,000人、空軍17,000人)、準兵力20,000人
独軍が駐留

(ミリタリー・バランス2010年)

経済

1.主要産業

綿繊維産業、食品加工、機械製作、金、石油、天然ガス

2.GDP

390億ドル(2010年:IMF推定値)

3.一人当たりGDP

1380.2ドル(2010年:IMF推定値)

4.経済(実質GDP)成長率

8.5%(2010年:IMF推定値)

5.物価上昇率

9.4%(2010年:IMF推定値)

6.失業率

1.0%(2009年:CIA)

7.総貿易額

(1)輸出 117億7,100万ドル

(2)輸入 94億3,800万ドル

(2009年:WTO)

8.主要貿易品目

(1)輸出 石油・ガス・石油製品、サービス、綿繊維、食料品、鉄・非鉄金属

(2)輸入 機械・設備、化学製品、食料品、鉄・非鉄金属、石油製品

(国家統計委員会)

9.主要貿易相手国

(1)輸出 ロシア、中国、カザフスタン、トルコ、アフガニスタン

(2)輸入 ロシア、韓国、中国、カザフスタン、ドイツ

(国家統計委員会)

10.通貨

スム(Sum:1994年6月27日導入)

11.為替レート

1ドル=1,701.84スム(2011年6月現在)

(ウズベキスタン国立銀行)

12.経済概況

(1)独立当初より市場経済化については漸進的なアプローチを採用した結果、CIS諸国の中では独立後の経済の落ち込みは比較的緩やかであった。GDP成長率は2004年から7〜9%の高水準を維持した。

(2)主要産業は綿花栽培。また、天然資源にも恵まれ、天然ガス、ウラン、金などが豊富。一次産業が主体の経済であり、産業の高度化が課題。

経済協力

1.日本の援助実績

(1)有償資金協力 975.52億円(2009年度までの累計)

(2)無償資金協力 206.79億円(2009年度までの累計)

(3)技術協力実績 121.11億円(2009年度までの累計)

((1)〜(2)は、いずれも交換公文ベース)

2.主要援助国

日、米、独、スイス、仏

DAC諸国のODA実績(過去5年)(支出純額ベース、単位:百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2005 日本 54.4 米 35.0 独 17.0 スイス 6.6 仏 3.1 121.5
2006 米 49.2 日本 18.6 独 15.8 スイス 3.0 仏 2.7 92.5
2007 日本 56.3 米 19.1 独 16.5 スイス 5.1 仏 2.8 102.3
2008 日本 48.6 独 29.5 米 18.0 スイス 4.1 オーストリア 3.5 109.3
2009 独 32.1 日本 20.4 米 9.9 スイス 2.1 英 1.8 77.5

(出典:DAC/International Development Statistics )

二国間関係

1.政治関係

 両国関係は良好に進展。双方が大使館を開設済み。人的交流も活発。

(1)国家承認日 1991年12月28日

(2)外交関係開設日 1992年1月26日

(3)日本大使館開館 1993年1月

(在日ウズベキスタン大使館は1996年2月に開館)

2.経済関係

(1)日本の対ウズベキスタン貿易(2010年:財務省貿易統計)

輸出 68億円(自動車、ゴム製品)
輸入 151億円(金、綿織物等)

(2)日本からの直接投資

14億円(2008年フローベース:日本銀行統計)

3.文化関係

文化無償 11件 計4.459億円(2009年度までの累計)
 1994年度 ナボイ劇場に対する視聴覚照明機材(47百万円)
 1997年度 国立美術館に対する展示機材(38.8百万円)
 1998年度 世界経済外交大学に対する日本語学習機材(39.8百万円)
 1999年度 タシケント市文化局に対するプラネタリウム機材(50百万円)
 2000年度 ウズベキスタン工芸美術館に対する視聴覚・展示機材(46百万円)
 2001年度 ウズベキスタン・テレラジオ国営会社に対する番組ソフト(38.8百万円)
 2002年度 ウズベキスタン国立音楽院に対する楽器及び音響機材(49.7百万円)
 2003年度 サマルカンド国立外国語大学に対するLL機材(24.7百万円)
 2005年度 ウズベキスタン国立児童図書館に対する視聴覚機材(28.6百万円)
 2007年度 ユースシアター音響機材整備計画(49.3百万円)
 2009年度 アリシュル・ナボイ国立アカデミー・ボリショイ劇場音響、照明及び視聴覚機材整備計画(33.2百万円)

4.在留邦人数

134人(2011年2月現在)

5.在日当該国人数

832人(2011年6月現在:法務省)

6.要人往来

(1)往(1992年以降)

年月 要人名
1995年9月 日本・ウズベキスタン友好議員連盟(会長:熊谷弘衆議院議員)
1996年4月 武村正義衆議院議員
1997年7月 対ロシア・中央アジア対話ミッション(団長:小渕恵三衆議院議員)
1997年9月 麻生太郎経済企画庁長官
1998年5月 中馬衆院外務委員長
1998年11月 渡部衆院副議長
1999年5月 高村外務大臣
2000年7月 鈴木宗男衆議院議員、武見敬三参議院議員
2000年8月 羽田孜元総理
2001年8月 羽田孜元総理
2001年10月 鈴木宗男衆議院議員
2002年1月 森前総理
2002年5月 麻生自民政調会長
2002年7月 杉浦外務副大臣(シルクロード・エネルギー・ミッション)
2002年9月 谷口財務副大臣
2002年11月 二階保守党幹事長
2003年1月 土屋外務政務官
2003年5月 塩川財務大臣(EBRD総会)
2004年3月 松宮外務政務官
2004年8月 坂本経済産業副大臣
2004年8月 川口外務大臣(「中央アジア+日本」対話・第1回外相会合)
2006年8月 小泉総理
2007年4月 甘利経済産業大臣
2007年5月 奥野法務政務官
2007年8月 松島外務政務官
2008年7月 額賀財務大臣
2009年4月 西村外務政務官
2010年5月 菅副総理兼財務大臣
2010年8月 岡田外務大臣(「中央アジア+日本」対話・第3回外相会合)

(2)来(1992年以降)

年月 要人名
1992年10月 ムタロフ首相、アブドゥラザコフ外相、バキバエフ財務大臣(旧ソ連邦支援東京会議)
1994年5月 カリモフ大統領(公式実務訪問)
1996年3月 ハミドフ蔵相(輸銀主催国際シンポジウム)
1996年12月 スルターノフ首相
1998年1月 スルターノフ首相(IFC投資セミナー)
1999年3月 スルターノフ首相(第5回経済合同委員会)
1999年11月 カミロフ外務大臣(外務省賓客)
2000年12月 ガニエフ対外経済関係大臣
2001年1月 ヌルムラドフ財務大臣
2001年12月 スルターノフ首相
2002年6月 アジモフ副首相、ガニエフ対外経済大臣
2002年7月 カリモフ大統領
2003年12月 サファーエフ外務大臣、アリポフ副首相、ボルヴォン・ゾダ司法大臣
2004年7月 アジモフ副首相
2004年10月 ラヒーモフ財務相
2005年9月 アジズホジャエフ文化・スポーツ大臣(万博賓客)
2006年5月 アジモフ副首相
2006年6月 ガニエフ外務大臣(「中央アジア+日本」対話・第2回外相会合)
2010年4月 ガニエフ副首相兼対外経済関係・投資・貿易大臣
2010年12月 ソビロフ上院議長
2011年2月 カリモフ大統領(公式実務訪問)

7.二国間条約・取極

1994年5月 日ソ間で結んだ条約の承継を確認
2003年12月 日・ウズベキスタン航空協定署名
2006年6月 日・ウズベキスタン技術協力協定署名
2008年8月 日・ウズベキスタン投資協定署名