出発まで

16.1.19 行くことに決めた!

 今年こそマダガスカルかレユニオンへ行こうと決心する。
 そこで、HPのトップページでも、「マダガスカルへ行くことを宣言した」。

16.1.20 シンガポールルートを探る

 秘境に強い旅行会社に次のようなメールを送ってみた。

「マダガスカル関係の担当者様
今年の4月23日成田発でマダガスカルへ一人で行く予定です。最長だと5月6日午前成田着の予定です。友人のいるシンガポールで2泊程度してから、深夜便で帰国がベストです。したがって、122日間程度の旅行を予定しています。
 現地では、バオバオを見るのが第一で、後は、特に決めていませんが、現地は広いので、あと一箇所ぐらいしかいけないと思っています。
 HISに問い合わせたのですが、現在は、パリ経由で、かつ、パリ→アンタナタリボへは、ノーマルチケットを買えといわれています。
 秘境ツアーに強い御社であれば何とかなると思い、メールした次第です。ツアーでも、単独でもいいのですが、幾らぐらいかかるか教えて下さい。
 できれば、シンガポール経由にしたいのですが、現在、シンガポールからマダガスカルヘの便はあるのでしょうか?併せて教えて下さい。」

16.1.21 パリルートが有力

 旅行会社から次のとおり回答がきた。

「シンガポール発のマダガスカル行きで、一般的なのはモーリシャス航空を利用したモーリシャス経由ですが、調べてみたところ、4月以降スケジュール変更のため、全く接続しません。唯一接続するのが木曜日香港発モーリシャス1泊でタナ行きがありますが、4/22か4/29になってしまいます。
 そうなるとパリ経由しかなくなりますがパリまでの料金がエールフランスしかでておらず¥150,000、パリ/タナが¥120,000くらいで往復できそうです。(正規運賃よりかなり安いです)パリまではアエロフロートなどを使うともう少し安くなりそうです(料金未定)
 SU 576 23APR NRTCDG 1200 2045
 MD 051 25APR CDGTNR 1655 0440+1
 MD 050 04MAY TNRCDG 2140 0740+1
 SU 250 05MAY CDGSVO 1145 1725
 SU 583 05MAY SVONRT 1925 1000+1」

※行き。成田→パリ(2泊)→タナ。帰り。タナ→パリ→モスクワ→成田。パリで2泊か?
 SU=アエロフロート、NRT=成田、CDG=パリ、TNR=アンタナナリボ、SVO=モスクワ

 パリ経由は以外だった。シンガポールか香港経由と思っていたからである。

16.1.27 レユニオンをいれるのを忘れていた!

 タントレーさんの「マダガスカル」のサイトを読んでいて、南ア経由もありかな、と思って、また旅行会社に、メールでと問い合わせてみた。

「シンガポールからの直行便がないので、パリかモーリシャス経由かなあ、と思っていたのですが、甘えついでに、お願いがあります。
(1)マダガスカル関係のHPを見ていましたら、次のようなルートで帰ったとあります。どんなものでしょうか。
 成田→シンガポール→ヨハネスブルグ→モーリシャス→タナ
 成田に午後4時に出発して、翌日の夜9時過ぎにタナについたとあります。
(2)また、マダガスカルのとなりにReunionという島国があります。できたら、その島に2泊程度滞在する日程は取れるのでしょうか。
(3)14日の予定ですと、結局、南アかReunionのどちらかに2泊して(これは必須)、そして、マダガスカルに最低でも5泊程度したいと思っているのですが、4月23日発、5月6日朝成田では、どんなルートが可能になるのでしょうか。
 できましたら、調べていただけないでしょうか。」

16.1.28 南アルートを探る

 旅行会社から早速返事がきた。早い。しかし、予約を催促してきたので、2月中旬まで少し待て、と回答した。

「お返事遅くなって申し訳ございません。ヨハネスブルグ経由なら以下のようなルートがかんがえられます。料金はまだ未定ですが、30万オーバーは確実です。ご参考ください。
 CX 521 23APR NRTHKG 1710 2045
 SA 287 23APR HKGJNB 2350 0700+1
 MD 125 24APR JNBTNR 1320 1715
 MD 190 29APR TNRRUN 1705 1930
 MD191 02MAY RUNTNR 1325 1400
 MD 122 04MAY JNBHKG 1250 0800+1
 CX 520 06MAY HKGNRT 1030 1600
 レユニオン2泊のスケジュールがなかなかとれませんでした。今なら席がご用意できます。ぜひご検討ください。」

※行き。成田→香港→ヨハネスブルグ→タナ→レユニオン。帰り。レユニオン→タナ→ヨハネスブルグ→香港→成田。
 CX=キャセイ航空、SA=南ア航空、MD=マダガスカル航空、RUN=レユニオン

 気が遠くなるほど、迂回する旅行だ。

16.2.12 旅行会社へ日程決定!そして、予約した!

 いままでやりとりしてきた旅行会社へいった。幸い、担当者が在席していた。出発は22日に1日早めた。何とかなるだろう。
 次のようなルートを考えてくれた。
 楽しそうに手配の手順を楽しんでいた。このくらい乗換えがあるのは久しぶりといっていた。予約は入れたようだが、まだ、値段がでていない。飛行機代だけなら、30万円かからないのではないか、とのこと。
 NH901 G 22APR 4 NRTSIN HK1 1625 2220
 MK647 V 23APR 5 SANMRU HK1 1200 1500
 MD185 K 23APR 5 MRUTNR HK1 1830 1915
 MD190 Y 02MAY 7 TNRRUN HK1 1000 1225
 MKUU213 04MAY 3 RUNMRU HK1 1000 1045
 MK640 Y 04MAY 3 MRUHKG HK1 2240 1240+1
 NH912 G 06MAY 4 HKGNRT HK1 0945 1455
※行きは、シンガポールで一泊。モーリシャス→タナ、同日夜着。帰りは、タナ→レユニオン→モーリシャス→香港で一泊。
 香港へはいつでもいけるので、モーリシャスで一泊追加できるかな?しかし、実現が近づいてくると、なぜか震えがでてきた。
※※(今日の収穫)
 マダガスカルのビザは、当日、現地の空港で取得できるとのこと。レユニオン及びモーリシャスは、ビザが不要とのこと。かなり身軽な旅になりそう(しかし、注射は、どのくらい必要なのかな?)

16.2.16 サイクロン・エリータによる惨状

 マダガスカルのメーリングリストからのメール。サイクロン・エリータの被害と救済援助を求めている。

「ANTANANARIVO (AFP) - Madagascar issued an aid appeal after tropical storm Elita killed 29 people and left 44,000 homeless in the Indian Ocean island state, according to the national rescue council's new toll. 」

 食料不足と病気が蔓延しているようだ。少し心配になっている。

16.2.17 なぜ、マダガスカルなのか

 何故、マダガスカルへ行くのだろうか。ここ数年は、義務みたいに、マダガスカルといい続けている。少し、振り返ってみる。

(初め)
 平成9年8月。北海道のアイヌの踊りである。「モシリ」といったと思う。北海道一周のドライブの途中、「霧でない摩周湖」をみて、露天風呂にでも入ろうとうろうろしているうちに、屈斜路湖の辺で、ふと気が付いた「白いラーメン」という看板に魔がさしたように入店した。
 待っている時に、アイヌの踊りのビデオが流れていた。今晩も上演する、と。白いラーメンを食べ終えると、何を間違えたのか、お店の人に、今晩泊まれますか、そして、アイヌの上演も見れますかと聞いていた。「相部屋なら空いています」「お願いします。」で、急遽そこへ泊まることになった。夜、スモークの立ち込める舞台を見て、少し興奮したようだ。幻想的な舞台であった。風呂上りに、上演の主のアイヌの人に誘われて、相部屋の人と3人で午前2時ごろまで語り明かしていた。「おまえも変わった公務員だな!」と言われた。そうでもないと思いながら、東京へ戻った。これで日本全国の海岸線をドライブしたことになり、「日本はもう十分」という気持ちになっていた。
 東京へ戻って、インターネットのサーフィンをしていた時、なぜか、マダガスカルという言葉に目がとまり、そして、タントレーさんのサイトへたどりついていた。8月の下旬に東京で演奏会がありますので見に来て下さいとあった。何を勘違いしたのか、早速、メールで入場の申し込みをした。
 当日、誰も知らない人のなかタントレーさんらの演奏を鑑賞し、言われるまま2次会にも参加して、はじめてタントレーさんらと話した。野坂さんともそこで初めて話した。2年後、熊本からの短期単身赴任の帰りにも「タントレーさんを囲む会」に図々しく参加していた。
 ・・・・そして、マダガスカル懇談会へも入会し、その例会へも2回参加した。一回は、雪の中での東京農業大での開催
一回は、京都へ朝でかけて、夜行バスで東京へ戻ってきた。
 マダガスカルを味わうにはひと月は必要、往復を考慮すると最低10日は必要といわれていた。
 平成13年7月に退職し、税理士登録までの1月余りの間に、マダガスカルへ行こうと思っていたが、何を間違ったのかイタリア旅行を選択していた。もう無理ではないかと思いながら、それ以降も、特に、強い目的があるわけではないが、何となく、マダガスカルと接していたいと思っていた。

(出会い)
 マダガスカルとの出会いは、15年ほど前、外国人の申告相談の時、マダガスカルの公務員だったという人との申告相談である。年金額が約1万円で、家族10人くらい暮らせる、と話された印象が強く残っている。地球には、すごい国が残っているものだと思っていた。
 これが、北海道旅行から帰って、なぜか判らないが、マダガスカルが深層心理から表に出だしたのだと思う。どこか、世界へ行きたいか、と聞かれると、なぜか、マダガスカルといっていた。例会等でいつも話すのは野坂氏しか居なかったが、その野坂氏も一昨年の秋に、40過ぎでガンで亡くなられた。野坂さんを偲ぶ会に昨年出かけた。それ以後、マダガスカルから距離を置いていた。

(まとめ)
 マダガスカルへのつながりというと、その程度である。が、思いが募ると、それだけで十分のように思う。
 子供に「ほんとに行かなくていいの」、と言われ、今行かないと一生後悔しそうな気持ちなので、忙しいのと、他人に迷惑をかけるのを重々承知の上で、でかけようと思う。

16.2.21 日程が確定

 本日、旅行会社から日程が確定した旨、ファックスがきた。4月22日(木)出発、5月6日(木)帰国。飛行機代だけで228000円。
 日程は、次のとおり。

 4月22日16時25分成田発(NH901)→シンガポール着22時20分(泊)
 4月23日12時シンガポール発(MK647)→モーリシャス着15時
 同日18時30分モーリシャス発(MD185)→アンタナナリボ着19時15分
(4月23日から5月2日までマダガスカル滞在、9泊)
 5月2日10時アンタナナリボ発(MD190)→サンドニー(レユニオン)着12時25日
(5月2日から5月3日まで泊)
 5月4日10時サンドニー発(MK213)→モーリシャス着10時45分(泊)
 5月5日22時40分モーリシャス発(MK40)→香港翌日6日12時40分着
 5月6日15時10分香港発(NH910)→成田20時15分着(自宅着予定23時ごろ)

 4月22日シンガポール1泊
 4月23日から5月1日までマダガスカル9泊
 5月2日から3日までサンドニー2泊
 5月4日モーリシャス1泊

16.2.27 歯医者へ行く

 2月19日にリンパマッサージへいった。首が回らない、肩こりが消えない等で体調が悪いからである。
そして、なぜか、歯医者の申し込みをしていた。
 そうか。海外旅行の準備を始めていたのだ!
 以前、海外で歯痛になると困るので、歯を治したことがあったが、本能的に、歯医者に行こうと思ったのかも知れない。そう考えると、後は、体力を少しつけておく事である。何と言っても、一般的な旅行地ではないので、準備をしすぎて悪いことはない。

16.3.15 lonly planet Madagascalの本を購入

 インターネットのアマゾンで、ロンリープラネット社のマダガスカルの観光案内を申し込んでいたところ、やっと、届いた。

16.3.20 タンテリ夫妻からメール

 数少ないマダガスカル関係の知り合いであるタンテリ夫妻からメールがきた。何かあったら聞いてくれてとのこと。心強い。

16.3.25 掲示板から(現在のもの)

(2004.3.25から)
・自分のために破傷風の予防接種が勧められている
・マラリアに注意(どうすればいいのか?)
・ムルンタヴァのバオバブ並木も壊滅的な打撃をうけた。ホテルの確保ができるのか?
・Gafiloが最初に上陸したMaroantsetraの町と、再上陸した Morondavaの町の被害が大きかったようです
・ビザは、空港で取得可能。250,000fmg(マダガスカル・フラン)、約40ドル
・現在、マダガスカル航空ではリコンファームが必要無いとしている。けれども、特に地方の空港ではリコンファームをやっていないと乗れないこともある。各地到着時に空港においてすぐリコンファームをした方がいい。
・生もの、果物などを食べさせずにいたらA型肝炎は大丈夫。
・マラリアはタナにいれば冬だしそんなに神経質にならずにすむかもしれません。(→冬以外は、マラリアに注意か?)
・ムルンダバにバオバブを見に行きたいと思うと、国内の移動は飛行機になってしまう。
・マダガスカルで一番恐い感染症は、マラリアです。
・英語は通じないですね。
・空港でもらえるヴィザは、航空券に記載された登場予定便の出発日プラスアルファーが原則です。
(1999年2月から)
・ベレンティ→個人で行くには、事前の予約が必要。行くまでの車代と入園料で、950FF、宿代300FF。1250フラン=約25000円かかる。
・きつねざるを見るだけなら、Kaletaホテルの保護地。規模は小さいが、バンガロー一泊50000MF、入場料50000MFで行け、ワオキツネザルもシファカも沢山いる。
・Masoala半島にもぽつぽつとバンガローやコテッジが最近ではできているようです。 この辺りの海は、大変に綺麗だそうですよ。
・(タクシーブルース)重ね着と雨具で何とかなりそうな気がしてきました。
・タンテーリさんのリンク集の中にも入っているマダガスカルの新聞のHPを見ますと、必ず気象欄があり、そこに主要都市の天候と気温が出ていますので、参考にしてください。 
・標高1300mの首都アンタナナリヴ
・マダガスカルの<冬>にあたる6月に足を突っ込みますので、それなりの防寒対策の準備が必要です。
・マダガスカル語でタブーのことを fady と言います。 
・現在マダガスカル各地で墓を暴く泥棒が横行しておりますので、墓に行く際は必ず地元の人と一緒に行き、単独行動をとることのないように注意してください。 
・マダガスカルの田舎はノミがひどいので、田舎で民宿する予定があるようでしたら、寝袋と殺虫剤を持参されることをお勧めします。 
・マダガスカルも航空運賃やレンタカー代はとっても高いので、タクシ・ブルースを活用しましょう!!! 
・フランスの携帯電話は、pisを交換すれば、マダガスカルでも使用可能です。
・メフロキンが治療薬として無効だと言うことではなく、予防薬として使用していた薬品を治療薬だけの薬量服用してもあまり効果が期待できないと言うことです。中国が開発したコーテキシンやアルテスネイト、ないしそれを基にした合剤の治療薬が、タナでは入手できますので、薬局でお問い合わせください。なお、マラリアの予防薬と治療薬の購入には、マダガスカルでは医師の処方箋は必要ありません。
・メフロキンを買うことができます。8錠1箱でだいたい5000円くらいです。ただ、メフロキン耐性マラリアも増えていますので、3ヶ月間まわれるのでしたら、治療薬も同時に携行されることをお勧めします。

(レユニオン)
・レユニオンは、フランス共和国ですから、本来日本人は3ヶ月以内の入国はノーヴィザで何の書類も必要ないはずなのですが、あまり日本人が訪れないため、空港の係官がそのことを知らない場合があり、航空券の提示を求められることもあります。 また、レユニオンのイミグレーションの係官は、入国と出国予定日をコンピューター上に記載しています。
・レユニオンは物価がパリよりも高いところです(レユニオンに赴任する公務員は、本国の手当てに加給して調整手当てがつきます)。 

(モーリシャス)
・もし、復路の搭乗便などをopenにしてあると、問題になります。 特に、モーリシャスは厳格ですのでご注意ください。

16.3.25 掲示板(19)から

・46箇所というのはParc National(国立公園)とReserves Naturelles Integrales ((総合??)自然保護区)とReserves Speciales (特別保護区??)の合計です。
・11月13日、野坂さんの命日(2003年11月13日)
・Hotel Tana Plaza
 ホテル・タナ・プラザは中心にある。(独立大通り)鉄道駅のすぐにあるビジネス・ホテルだ。Hotel de France と同系列のホテルだ。部屋は全室バスタブつき。
・(2004年8月)ペリネ、ベレンティー、ムロンダバ、アナカウなどを訪れましたが、どこも思い出深く、すばらしいところでした。特に、ベレンティー・ロッジでワオキツネザルやシファカと過ごしたひとときは格別です。見たいと思っていた動物も、ガイドさんのおかげで全て見ることができました。
・1ariary= 5FMG(フラン・マダガスカル)
・(2003年7月)今の10000アリアリは価値が日本の1000円ぐらい。
・マダガスカルの教育制度:小学校:5年、中学校:4年、高校:3年、大学:専門によって違います←基本的にフランスの教育制度と同じ。日本のと一番違うのは義務教育じゃないことです。
・バオバブの並木道を歩きにムルンダウ゛ァやセントマリー島へは行きたいな〜って。
・マラリアはマダガスカル全土でなる可能性があるのでしょうか?後、時期的には一年中でしょうか?→マラリアを媒介するハマダラカがいない地域およびいない時期は安全です。 で、何処がそうかと言うと;マダガスカルの標高100m以下の地域は、だいたい一年中マラリアがあるものと考えてください。標高1000m以上の地域は、冬期ないし乾季はマラリアの危険が下がります。(参考程度)
・マダガスカルへ行くルートは、幾つかあります。(1)日本→パース→モーリシャス→マダガスカル、(2)日本→ムンバイ→モーリシャス→マダガスカル、(3)日本→カラチ→ナイロビ→マダガスカル、(4)日本→台北?→ヨハネスブルグ→マダガスカル、(5)日本→パリ→マダガスカル、(6)日本→パリ→レユニオン→マダガスカル。時間は、日本→香港→モーリシャス→マダガスカルよりもかかりますが、捜せば10万代のチケットもあるようです。また、パリ周りの場合、パリまでの往復を日本で買って、パリのHIS支社にパリからマダガスカルまでの往復チケットを用意させると言う手も、安いようです。
・マダガスカルでマダガスカル語−日本語辞書が出ているらしいです。マダガスカル−日本文化センター(Librairie Mixteの近くにある)で売っているそうです(私もほしいです)。 →買ってくるか?

16.3.27 日程変更にトライ!

 4月22日の午前の仕事が変更になった。
 シンガポールでの滞在時間を長くするため、午前便への変更を問い合わせた。そもそも、ANAは、シンガポールへ1日一便なので、午前中がない。モーリシャス航空は、ANAと提携しているので、通しのチケットで安い。シンガポール航空だと午前便があるが、香港へ行っていない。→モーリシャス往復にシンガポール経由にすると、可能だが、料金は高くなる→(高くても便があるかとの問に)→5月5日及び6日のシンガポールからの帰国便は満席。
 結局、当初のとおり、ANAで深夜シンガポール着になる。
※レユニオンやモーリシャスのホテルの予約が必要であれば、最低2週間必要といわれた。4月8日が限度。
 だんだん、時間がなくなってきている。

16.3.28 掲示板(18)から

・JICAの任国情報に出ている、マダガスカルの旅行代理店なら何処でも大丈夫でしょう。
・マダガスカルの沿岸部なら何処でもダイビングは可能ですが、何を見たいかですね。ヌシベ近辺からチュレアール近辺でしょうか、7月ならば。
・タクシブルースの安全性は、飛行機と同じようなものです。
・バオバブが大きくなるには500年必要ですよ。
・(15年4月)かく言う私も、マラリアを発症し、血便と血尿でかなり消耗しました。メフロキン(商品名ラリアム)を定期服用していましたが、メフロキン耐性マラリアがマダガスカルでもかなり増えてきたようです。首都に居る間にマラリアについての情報と薬品を仕入れ、マダガスカルの滞在と旅行を楽しいものにしてください。
・ARICSの連絡先はTEL 001-261-(0)20-22-360-16、FAX 001-261-(0)20-22-360-15、E-MAIL arics@dts.mgです。
・バオバブホテルっていったかな、、、ムルンダバでは一番高いホテルのプールサイドで。白人専用みたいな雰囲気であんまり居心地が良くなかった覚えがあります。
・ムルンダヴァでは、ぜひテーオーというガイドをさがしてください。発音は「ミナミの帝王」の帝王と同じです。ブーゲンビリアホテルで聞いたら分かると思います。本当にすばらしいガイドでした。

16.3.28 掲示板(17)から

・マラリアの予防接種は開発中と聞き及びますが、まだ市中に出回っていません。 したがって、予防薬を定期内服するか、治療薬を常時携行するか、さもなくば1000m以下の地域には旅をしないなどの対処が必要です。 もちろん、防蚊対策とも組み合わせてください。
・生野菜は、マダガスカルに慣れていない人は、止めたほうが無難かと。ホテルや高級レストランのサラダは大丈夫ではないかとは思いますが、寄生虫や肝炎を心配されるならば、短期間の旅行なら摂らない方が良いでしょう。
(1)世界何処でも旅行する時自分の身を守ために必要なもの:破傷風と狂犬病
(2)マダガスカルに行くのにしておいた方が良いもの:A型肝炎・B型肝炎でしょうか
それから、高度1000m以下の地域に行かれ、かつ1ヶ月以上滞在されるのでしたら、マラリアの予防薬(具体的にはメフロキン。ただし腎臓に障害のある人は医師と相談する必要があります。あるいはクロロキン製剤とグロールグアノイドの合剤など)を服用されることを勧めます。 どのような滞在であれ、マラリアの治療薬(マラロン、コーテキシン、アルテスネイト、キニーネ)を携行するようにしてください。

16.4.2 社内誌の原稿の依頼がきた。

 4月はできるだけ身軽にしたいと、仕事を比較的制限している。
 税理士の登録以来、毎月、第一及び第二金曜日の午後税務相談に従事している。そこで、日米条約の改正についての原稿を書いてくれといわれた。私のボスの前での依頼なので、断ることができない。「喜んで書かせていただきます。」と言ってしまった。これで、2日程度かかるかなあ、と思ってしまった。
 なかなか、身軽な状態で、出発の準備ができない。当然のことか。

16.4.4 マダガスカル懇談会で

 4月3日京都でマダガスカル懇談会があった。そこで、いろいろ教えていただいた。
・ビザは、日本で取得しておくべき。(現地だと、フランス語で、かつ、苛められる可能性がある!)
→後日、外務省のサイトで確認したら、短期の観光はビザ不要になっていた!
・マラリアには、注意が必要だが、予防注射は副作用が非常に大きい。
・内服薬も、肝臓に悪い。朝夕十分注意し、マラリア蚊に刺されたら、現地の病院で適切な治療をうけること。(結局、黒川さんと現地ガイドに相談しながら、決める)
・恐竜は、マジェンガ近くのよう。
・サイクロンの影響は大きく、道路で冠水したところは多いが、飛行機で何とか移動できる。人心が悪いということはない。良くも悪くも島国なので、そんなに酷くない。
・食事は時間がかかる。場所によっては、メニューがでるまで30分以上というところも多い。
(レユニオン)
・フランスの海外県
・物価は、パリより高い。日本よりたかいのではないか。

16.4.5 京都から帰る

 京都で情報収集して、いろいろ参考になった。
・マラリアの予防措置はしないことにした。感染したら、その時は、現地の病院で治療を受けることとした。(これで、病院にいくために用意した1日が浮くことになった。)
・ビザも不要ということがわかった。(これで1日浮いた。出国前の忙しい時期、2日も浮いたことが大きい。準備に時間をかけることができそう!)

16.4.6 書評の依頼がきた!

 書評の依頼がきた。期限は、5月6日。結局、22日までに書かなければならない。これで2日か3日は時間を使わなければならない。
 やっと、2日程度の時間が浮いたと思っていたら、こういうことになる。神様はよく見ているものだ。

16.4.7 加除式の原稿が加わる!

 本日は外資系の顧客関係で、毎週水曜日の1日それに充てている。終了後、出版社の人と会った。知らない人が一緒にいた。嫌な予感がした。
 出発前までに、加除式の原稿を仕上げてくれと、いつもの担当者の上司から頼まれた。ぺらぺらとめくってみると、依頼事項が書いてある「付箋」の内容が対したことはなさそうなので、22日までにできるだけ作業をすると引き受けてしまった。

16.4.20 あと3日

 とうとう明後日にに出発である。
 加除式の原稿を終えて、あと、二つの原稿だけである。昨日、蚊取線香や虫除け、虫刺され用の薬類を購入した。あと、正露丸だ。それにしても、どんな格好で行けばいいのだろうか。靴はどうしたらいいのだろうか。

16.4.22 出発当日

 午前中のミーティングを終えて、自宅に戻ったのが12時過ぎ。荷造りをして午後1時過ぎに出発。日暮里駅で、ビザ用の写真を取り、ユーロに両替し、そして、コーヒーを購入して出発だ。

マダガスカルのホテル到着

16.4.22 シンガポールまで

 シンガポールまで遠い。7時間半程度? 搭乗してからもなかなか出発しなかった。結局30分以上の遅れて出発。シンガポールのチャンギ空港に着いたのが、午後10時40分。
 しかし、マーライオンの近くのホテルに午後11時10分にはチェックインしていた。いかに、チャンギ空港が最新の空港か理解できる。

友人に会うのを断念

 荷物を解いてから友人に連絡。ここでは、ボーダーフォングローバルが使える。30分程度でくるとこと。深夜の12時過ぎても来ないので連絡したら、あと30分後。IT技術者なので多忙なのだろう。明朝を考えると、今回会うことを断念、またの再会を約した。バンコクへ行く場合、日系だと、場合によっては1時間早く着く事もあるので、シンガポール便もANAなので、若干早く着けることを期待したが、無理だった。
 今回は、ANAとモーリシャス航空の提携による格安航空券なので、無理。別に購入すると、5万円以上の追加が必要なので断念していた。

16.4.23 プールサイドで朝食

 このホテルは、インターネットでの予約で1泊120ドル程度。シンガポールでのこのクラスのホテルにしては格安である。 朝食も盛りだくさんの中から選択可能。プールサイドなので、これからアフリカあたりまで行く自分がうやめしくなってしまった。
 ゆっくりお茶を飲んでると、ますます行きたくなりそうなので、出発することにした。

モーリシャス航空へコンファーム?

 ホテルのコンシェルジェに、モーリシャク航空へコンファームを依頼したところ、「10時までに早く来い!」といわれ、嫌な予感が始まる。タクシーに乗ったらどちらかといわれた。チャンギは、第一と第二のターミナルがあるので、タクシーの中から、もう一度モーリシャク航空へ電話で確認してから、空港へ着いた。多分、第一だったと思う。事前の確認が必要だ。バンコクなら、歩いて第一から第二へ行けるが、ここは、ちょっと無理そう。

チェックイン。荷物は、モーリシャスまで

 モーリシャス航空の窓口でチェックイン。驚いたことに、マダガスカルまで、荷物が行かない、と言うのだ。モーリシャス→タナの予約が確認できないというではないか。チケットを見せてもだめだ。10分ぐらい粘ったが、受付の初心者がベテランを呼んで確認し、2人で、ダメだといわれた。そして、モーリシャス空港では、トランジットだが、空港をでないでもいいようになっているので、ちゃんと荷物のタグを見せるように!と言われた。(→これは、意味がなかった。)これが失敗だった。
 赤道を越えた! とうとう、赤道を越えた。飛行している場所を示している画面を見ながら、とうとう赤道を越えたのだな、インド洋には何もないのだなあ、と思っていた。しかし、モーリシャスは遠い。約8時間。機中は、ほぼ満席である。

モーリシャス空港

写真
(帰路、モーリシャスで泊まったのは、この山の左あたりのリゾートホテルでした。)

トランジットのカウンターで、たらい回し

 モーリシャス空港の乗り換えのカウンターへ行ったら、乗換後が、マダガスカル航空なので、少し、待てと言われた。
 少し待っていくと、お前のタグでは、一度出ないとだめ、といわれた。仕方なく、入国管理の列に並んでいると、日本人名を呼んでいるではないか。カウンターへ行くと、少し、待てであった。もう一組の4人組の日本人は、ほどなく、乗り換えが出来たようで、扉の向こうへ行ってしまった。1人、私だけが残っていた。中国からの団体客の乗換えが終了後、カウンターへ行くと、「何で、お前は入国しないのか。お前の荷物は、モーリシャスどまりだ。トランジットはできない。」というではないか。それなら、呼び戻すな!、と流石に私も切れた。
 もう、出発まで1時間を切っていた。

モーリシャス空港の乗換用カウンター

写真

モーリシャス入国 

 こういう時に限って、入国審査が並んでいるものだ。一時は、もう、マダガスカルへ行くことをあきらめかけていた。列が動かないのだ。ずぼらな白人が入国書類に記載していないため、滞留しているのだ。(ほんとに、日本人はまじめだと、思う。私も、入国の可能性があるので、機内で記入はしていた。)
 やっと、順番が来たら、何で来たのかと聞くではないか、怒って、モーリシャス航空が、当地トランジットなのに、タナまで荷物を送ってくれないので、しかたなく入国するのだ、と話した。係員は、それ以上聞かないで、黙ってスタンプをを推してくれた。

モーリシャス出国

 入国して、荷物をとりにいったら、直ぐ見つかった。良かった。
 次は、出国だ。出国カウンターが分からない。多分、別の階なのだろうが、エスカレーターなどがないのだ。あきらめて、近くに人に聞いたら、外へでて、階段を上れ、という。中型の重いトランクを抱えて階段を上り、やっと、出国カウンターへ。幸い?なことに、ここはモーリシャス空港なので、マダガスカル空港のカウンターは、一番奥にあった。ここでも並んでいる。不良外人?が並んで、係員とうだうだやっている。動かないのだ。もう、出発まで30分を切っている。
 なんとか、チェックインを済ませ、そして、手荷物検査で若干並び、そして、空港内を歩いて搭乗口へ。室内をみると、まともな飛行場ではないか、1〜2時間程度はゆったりと、待てそうと思いながら、搭乗へ。なんと、歩いて飛行機まで行くのだ。歩くのもルートがあるらしく、最短距離を直行しようとしたら、文句を言われた。搭乗は、出発時間まで10分を切っていた。しかし、敵はさるもの、30分ぐらい待たせて乗車してきた女性がいるではないか。
 やっと、本日中にマダガスカルへ行けそうな気持ちになった。

機上にて

 45分の飛行時間なのだから夕食は出ないのではないかと思っていたが、時差があるので、夕食がでた。さすが、元フランス領の航空会社、パンがおいしかった。食事もまともである。
 隣に座っている人が、アジア系なのだが、日本人か分からなかったが、食後、日本の本を読み出してくれたので、日本人であることを確認。話しかけた。建設会社の人のようであった。多分、大豊工業の道路工事の関係者なのだろう。
 客室乗務員に、日本の外務省のサイトで書いてある「ビザ不要」について聞いてみたが、知らないということだった。

外務省の「うそつき」?!

 タナに到着した。
 飛行場について、歩いてゲートへいったが、案の定ビザが必要といわれた。どうしたらいい、と聞くと、スタンプビザをあそこでもらえ、と入り口あたりの指してくれた。仕方なく、スタンプビザの列に並んだ。幾らだと聞くと、23ユーロだけで済んだ。(実は、20万マダガスカルフランらしいが、それなら20ユーロでいいはずだ、差額は、係員達のポケットに入るようだ。)
 これなら、楽だ。ビザ用の写真も、用意して行ったのだがいらなかった。

スーツケースを明けろ!

 入国の審査が済んで、税関で止められた。
 スーツケースを明けろ、とのこと。スーツケースガードを解いて、鍵を開けて、やっと見せたら、しまえ、とのこと。係員は、中を見る気持ちが全然ないのだ。いじめ以外の何者でもない。
「これでは、まともな観光客は来ないぞ!」と出迎えてくれた旅行会社のアリックスの黒川社長に愚痴をいってしまった。

両替

 500ユーロを空港の両替所で両替をした。建物の中である。
そんなにしなくても、と黒川さんに言われたが、現地での感覚が分からないので、日本円で6万円強を両替したことになる。
 後で、分かったがこれは、すごい、大金だったのだ。

明るい!

 飛行場からタナ市内のホテルへ出迎えの車で行く。飛行場もそうなのだが、全体をミャンマーと比べてしまう。全体的に、ミャンマーより「明るい」のだ。
 黒川さんによると、以前はもっと暗かったというが、私が見てきたミャンマーに比べると十分明るい、と思ってしまった。
停電も、殆どないとこのこと。道路の舗装もミャンマーより良い、と思っていたが、タナ市内の石畳の舗装で、何とも言えなくなってきた。

打合せで、大変な予感!

 黒川さんと旅行の打合せをしていて、移動は一人、現地にガイドということが理解できた。随行してくれるものだと思っていたからだ。現地ガイドに渡すべき書類を預けられた、そして、吉田先生から預かったものも、残りをフォートドーファンまでもっていくことになった。
 それにしても、朝7時にホテルを出発とはきつい。黒川さんが、一緒にでかけないかとの申出も、疲れているので断った。バスタブがないのも、辛い。
 それにつけても、やっと、タナである!