第四話「道はつながっている」

「PATHが通っていません。」とコンピュータに拒絶されて、途方に暮れる私は、PC演習室のある地下から3Fの教室に異動するためにエレベータに乗り込んだ。
「なんか最初からハードで疲れますねー」と通路をはさんで一つ後ろの席に座っているケイちゃんがエレベータの中で話し掛けてきた。エレベータの中は、私たち以外に2人の人が乗っていた。「PATHが通っていませんって、さっきからコンピュータに言われているんだけど、パスって何だか知っている?」と私が尋ねると、プログラミング初心者のケイちゃんは、「何でしょう?よくわからないことだらけですよね」と答えた。
 そんな私たちの会話を狭いエレベータの中で聞いていた、海外でプラント建設をしていたというエンジニアのK氏の顔に、ほんの一瞬、(かわいそうに。この人たちは、こんなことも知らないのか)と呆れた表情が浮んだ。
(ハー。あんな顔されてしまったよ。できない自分にホトホト呆れて愛想が尽きているのは私自身なのに)と思うと、情けなくて悲しかった。しかし、落ち込むのは、まだまだ早い。なんせ、入学してからまだ1週間しか経っていないのだから。
 パス(PATH)とは、英語で「道」を意味し、この場合は、作成したソースプログラムをCPUなど機械が理解できる形式のプログラムに変換するコンパイラ=「Javacのプログラム」が入ったファイルやフォルダへ通ずる道筋のことをいう。
 MS-DOSプロンプトの画面で「javac+ソースファイル名」を入力する前に、まずJavacのプログラムファイルが、どのドライブの、どのディレクトリにあるかを教えてあげないといけないのだ。
 私のPCの場合、javacのプログラムはCドライブの¥jdk1.3¥binにコピーされているので、コマンドプロンプトで「cd c:¥jdk1.3¥bin\javac」と入力することになる。(cdとは、Change Directoryのことで、「ディレクトリを移動しなさい」と言う意味であり、MS-DOSではフォルダのことをディレクトリと呼んでいる。)ここでようやく「javac+ソースファイル名」を入力すると無事コンパイルが実行される。
 しかし、コンパイルするたびに毎回毎回、Javacのプログラムファイルがどこにあるかを教える作業は面倒である。この手間を省くために、市販されている本では「パスを通す」と呼ばれる設定作業が最初の方で紹介されている。
 当時使用していたマシンのOSは、Windows2000であったので、Windows2000を例にとって説明する。(Windowsのバージョンによってパスの通し方が異なっているので注意!)
 コントロールパネル->システム->「詳細」のタブをクイックして「環境変数」のボタンを押す->「システム環境変数」の中にある「PATH」を選択して編集をクイック->「変数値」の最後に「;c:¥jdk1.3¥bin」と追加してOKボタンを押す。
 といった一連の作業が必要であることを、その日の帰り道に立ち寄った本屋ではじめて知った。なーんだ。分かってしまえば簡単だ。あらゆることは、いったん分かってしまえば、今まで悩んだのがウソみたいに思えてくるほど単純だ。しかし、そこに辿り着くまでの道のりの、なんと苦しいことか。
 新しい環境で、新しい技術を身に付けるために毎日奮闘しているといえば聞こえはいいかもしれない。でも、実際の自分は情けないほど何にもできない。そんな無力な自分と向き合って、ひたすら孤独な戦いを続けなければならない。
 その翌日、本で読んだとおりに「パスを通す」設定をして、エラーメッセージが消えたときの感動は言葉にできないものであった。たかが「PATHが通った」くらいで喜んでは、人に笑われるかもしれない。しかし、わずかではあるが、昨日よりも今日は前進した。なぜなら、道を意味するパス(PATH)が、今はつながっているのだから。

(2002年8月)